「無から有を生み出す」とか「0を1にする」とか言いますが、企画ってのは何かの思いつきから始まる。
ぼくの場合はフリーランスで勝手にやってるので、月に何本企画を出さないとダメみたいなことはないし、このまま一生1本も企画を考えなくてもOK。食い扶持がなくなるだけのことだ。
他に「1を10にする」とか「膨らませる」という企画の仕事もある。
完全オリジナルを0から考えるという仕事ではなくて、元ネタがあったり、ある程度はお膳立てされているタイプの仕事。
例えばシリーズ物を引き継ぐみたいなこと。
何が仕事で何が遊びなのか線引きは難しいが、いまぼくは5〜6本の仕事を抱えている。
ぼくが発信元となりゼロイチやった仕事が4本。そのうちちゃんと契約して予算獲得というタイプが3本で、1本は予算も獲得せずにやってる自主製作。
そして元ネタありの仕事が4本。うち3本は契約前の仕込み中。
他に企画ではない、プロデュースの仕事が1本。
「iPhone向けの」
とか
「この歌手で」
とか
「ローンチに間に合わせて」
とか
「例の大作の続編として」
とか
「土日の空いてる時間に」
とか
「ポータルサイトを」
とか、内容も期間も対応ハードも千差万別で多岐に渡るわけですが、すべてに共通しているのはエンタテイメントということ。
それにほとんどがデジタル。
さらに全てが自己完結しないチームプレイの集団作業。
この世に存在するあらゆる仕事は、完全自己完結ということはない。
例えばゲームでも、企画、監督、プロデュース、プログラム、グラフィック、サウンドという開発仕事を全て1人でこなしたとしても、デバッグや品質管理があって、その先にはさらにタイトルロゴデザイン、プレスリリース作成、プロモーション、オフィシャルWEB制作、流通などなどなどなどがある。
それら全てを完全に1人でやったという話しを聞いた事がない。
企画を思いついた時点で、それを膨らませて、展開させて、ビジュアルを思い浮かべて、サウンドをイメージして、遊び心地みたいなことを空想して、ゲームを始めてから終わるまでのサイクルを思い描く。
きっちり青写真を思い描くことができれば、それだけ企画の精度は高い。
実際に絵が動いた瞬間に頭の中にあった企画が一気に見える。音が鳴った瞬間に聴こえる。プログラムが動いた瞬間に触れられるものとなる。
エフェクトやSEで補完され、脳内の妄想が現実に表出するわけだ。
…とはいえ集団作業である以上は、思いもしない想定外のことが多い。
しかし経験則で語れば、自分のイメージを人の力を借りて具現化していくのだから、そこに人のパワーとエネルギーが注入されて「思ったよりいい」ということが多い。
いい意味で裏切られるということであり、その瞬間がチームプレイの醍醐味。
あとは人間関係のディスコミュニケーションや、世界観が相容れなくて溝が埋まらないなどの面倒が多いわけですよね。
実はこのところ、絵を差し替えた途端に格段によくなったり、サウンド入れた瞬間にわくわくするということが続いた。
勝手にシンクロしている。
ここまで来ると、毎回思うのは「早く世に出してみんなに遊んで欲しい」ということ。
「すげーよ。面白いじゃん!」
と、喜々とした顔で感想を伝えてくれる人の顔が思い浮かぶ。
自画自賛で自信満々な時期。
しかしこれがリリース前日とかになると「やっぱり発売中止になんないかな」とか「酷評される気がするから遊ばないで欲しい」とかのブルーな気分に一変する。
きっとマリッジブルーみたいなこと。
意識が高ぶっているのか眠りが浅い。
1時間寝たら目が覚めてしまったので夜明けの長文エントリー。
twitterばかりやってるので久しぶりの長文だ。
特に意味なし&他愛なし。